2016年9月6日

犬山の成り立ちを調べてみる

 ブラタモリというTV番組が好きでよく見ています。町の中に残された歴史の痕跡をぶらぶら歩いてみて回りながら、それがどういう経緯で作られたものか考え、おもに地形や歴史の観点からその町の成り立ちに切り込んでいくのですが、これが非常に面白い。
 そういうのを見ると、自分の住んでいる街についても調べてみたくなるのが中二病のさがなのです。本当は「犬山でブラタモリ!」ってやってくれるのが一番なんですけど、まぁ来てくれないでしょうね(笑)

 色々ネットサーフィンしてみたのですが、さすがに一気に調べ切るのは難しいので、ヒントになりそうなサイトをまずはピックアップしてみました。

野外研修「歴史災害と地球環境の変動を見る- 根尾谷断層と犬山チャート」(PDF)
 少し調べてみた限りでは、犬山の地質は「チャート」というプランクトンの死骸が固まってできたものがメインとなっているようです。そのチャートについて詳しく研究されている大阪市立大学の八尾昭先生という方が書かれた報告書がこちら。かなり濃い内容のようなので、しっかり腰を据えて読むことにします。

チャート | 名古屋市立科学館
 さきほど書いたチャートと犬山にどのような関係があるか簡潔に書かれています。
 要旨は「地球の生物の95%が絶滅した原因が分かっていなかったが、そのころの犬山のチャートを見ると酸素が少なかったことが分かった。つまり大量絶滅の原因は、酸欠だと考えらえる」ということだそうです。犬山のチャートからそんなすごいことが分かるんですね。

濃尾平野・輪中の歴史 | 玉川大学・玉川学園
 今度は川の流れについて。このサイトに書かれていることのポイントは次の3つ。

(1) 昔は右図のように、木曽川・長良川・揖斐川からたくさんの小さい川に派生していたが、それをなくすために3つの川に堤防を作った(このような堤防を輪中という)。

(2) 護岸ができたことで逃げ場のなくなった水はどんどんと高さを増し、天井川(地上より水面のほうが高い川)となり、洪水が起きやすくなった(江戸時代)。

(3) 洪水を防ぐために、オランダ人のケレップさんによる工事が行われた(1887年~1912年)。

 ということは、次の検索ワードは「輪中 ケレップ」ですね。
 ちなみに輪中については、NHKがこのサイトで動画付きで解説していました。映像つきでイメージがつかめるのでオススメです。
 で、ここから先はあまり詳しく調べていないのですが、Wikipedia先生によるとケレップさんが行ったこの大工事のことを木曽三川分流工事というらしいですね。ざっと見た感じでは、参考になりそうなサイトは
水から土地を守る,輪中 ―大地への刻印
木曽三川の勉強メモ
あたりですが、まあおいおい読んでみるとします。
 あとは輪中での暮らしとケレップさんの工事について輪中のくらしに詳しく書かれています。まだ少ししか読んでいないのですが、これが小学校のホームページのコンテンツとして公開されているのに驚きです。

岐阜の地学 / 地形 / 濃尾平野
 木曽川・長良川・揖斐川が流れている濃尾平野。これについてもある程度知っておいたほうがいいでしょう。あとでどのような形で「チャート」や「木曽三川分流工事」とつながってくるか分かりませんが、伏線は張っておくのが大事だと思います。
 ここで1つポイントになると思われるのが養老‐伊勢湾断層です。上の写真でも川の流れが「く」の字のように曲がっているのが分かりますが、それはこの断層が影響しているとのこと。「く」の字のとがっている部分=西側が一番低い部分となっているようです。

犬山城の天守台と地形
 最後に歴史系を1つ。
 犬山には犬山城という天守閣があり、その天守台には先ほど紹介したチャートが使われているようです。固い石なので、土台には向いているのでしょうか。また詳しく調べてみようと思います。

 今日はとりあえず以上。また気が向いたら深堀りします(笑)