2016年7月2日

英語の「だいたい分かる」という壁を乗り越える

 「日本で英語を勉強してもたかが知れてる。(だからとっとと海外に行っちゃった方がいい)」というのは確かにその通りだと思います。でも一方で、日本にいるなら日本にいるなりに「やり方」ってものがあるんじゃないか、とも思います。

 例えば精聴。リスニングで聞き取れない部分を何十回も、何百回も繰り返し聞いて、1つでも多くの単語を拾い出せるようにしようという勉強方法です。
 「何百回も」というのは誇張ではなく、本当に「何百回も」繰り返して聞くんです。

 自慢じゃないのですが、僕はオーストラリアを旅していた1年間、ほとんど英語の勉強をしませんでした(我ながら本当に自慢になってないな)。どちらかというと文化とか新しい体験とかそういう方向に重点を置いていたため、英語の勉強は優先順位がかなり劣後していたのです。ヒマな日があったら友達をご飯に誘ったり、バスに揺られて行ったことがない町に行って散歩したりしていたため、何百回も同じ文章を聞こうなんて全く思いませんでした。あれはあれで貴重な体験だったので全く後悔はしていませんが、帰国後も英語は全く上達していませんでした。

 だから日本にいる間というのは、精聴などのひたすら地味で忍耐を必要とする勉強ができるチャンスではないかと思います。必要な時にそういった勉強をしないと、頭打ちになるときというのは必ず来ると思います。

 ところで、話は少し飛びますが(あとで合流します)、僕はネイティブの言ってることがだいたい分かるというレベルで何年も足踏みしています。
 ネイティブがバーッとしゃべる中で肝となる単語を拾い出して(それすらもほんの一部ですが)「だいたいこんなテーマについて話をしていて、それについてよく思ってる or 悪く思っている」くらいのことは分かります。

 でも、細かい部分は分からない。特に分からないのが文頭。例えば友達に「Why don't you have dinner with us?」と食事に誘われたとします。このときネイティブは「Why don't you」の部分は0.5秒くらいでゴニョゴニョッというだけなので聞き取りずらく、僕だったら「have dinner」くらいしか理解できません。さすがに大事な部分は強調してくれますから。

 まあそれだけでも、だいたい言いたいことは分かるわけです。少なくとも上野動物園のパンダを見たことがあるかと聞かれているわけでもなければ、富士山はなぜ美しいのかと聞かれているわけではないくらいは分かる。それに比べれば「夕飯について何か言ってるな」って分かるだけでも、正解にかなり近いと言えます。

 でも「だいたい」だとやはり限界があります。例えばこの質問に対して「夕飯に何を食べるつもりなの?って質問してるんだな」と勝手に想像して「I'm going to make curry.」などと答えてしまうと失敗。自分も知らないうちに誘いを断ることになってしまいます。それも、かなり嫌味な断り方で。
 実際、こういうことはしょっちゅうありました。「将来どういう仕事をするの?」と質問されて、仕事について聞かれているのは分かったものの、時制を聞き間違えてしまい、過去にやったことのあるバイトを答えてしまったことがあります。このような失敗は本当にたくさんありましたし、相手が気を使って指摘しなかっただけで、実際はトンチンカンなこと答えていたことも山ほどあるのだろうと思います。

 「だいたい分かる」という壁を乗り越えたい。ゴニョゴニョとしゃべる部分もちゃんと聞き取れるようになりたい。そんな思いで、今は精聴をやっています。
 昔買った「ターミネーター サラコナー・クロニクルズ」というアメドラの DVD BOX を1日1話見返しています。話が面白いから買ったものの、今やすっかり英語の勉強用。すでに5~6回は通してみたと思いますが、今回は精聴に焦点を当て、ゴニョゴニョとしゃべる部分をひたすらリピート&リピートしています。何回聞いても分からなかったら英語字幕で確認して、そのたびに「そこ、r じゃなくて t の音だったのか!」や「今の台詞の中に you なんて単語、入ってたの? … あー、でもそう思って聞き返すと、ャ って入ってるようにも聞こえるなあ」などと納得しては、再び字幕を消してリピート&リピート。1話45分のストーリーを見るのに 1時間半~2時間くらいかかっています。さすがにイヤになるときもありますが、続けるしかないんですよね。

 以上、英語についての個人的な問題点でしたが、同じような所でつまずいている人もいるかもしれないので書いてみました。
 未来の自分がコレを読んだら「あはは、そーいえばあの時の俺は、こんなこともできなかったんだな」って言えるようになっていますよーに。

2016年7月7日

まあ、よく分からないけど、面白そうだね

 自分の専門分野について、他人に過不足なく説明するのって難しいですよね。
 今までうまく説明できたことがなく、もはやインポッシブルなミッションじゃないかとすら思うことあります。

 僕は大学では「機械工学科」に通っていたのですが、これを説明するのが難しい。「機械」って簡単そうに見えて、意外と広い言葉なんです。そういえば「メーカー」とか「IT」って言葉も同じですね。

 「大学では機械について勉強してます(してました)」というと、「じゃあ、ロボットとかやってたの?」とよく聞かれました。
 最初のうちは「うん、ロボットはちょっと習っただけだけどね」と答えていました。機械工学というのはさらに10分野に分かれており、ロボットを直接扱うのはその中の4分野だけです。僕はそれほど詳しく習っていません。

「じゃあ、卒業研究では何をやってたの?」
「血液の流れの研究みたいなことなんだけど、うーん、ちょっと説明が難しいんだけど…」
「機械が専門なのに血液の流れ? それって生物学でやることじゃないの?」
「ジャンルでいうとエンジンの研究に近いんだよ。ほら、管があって、その中を何かが流れてるっていう意味では、エンジンと血管は似てると思わない? 管が金属で、中を流れているのが空気とかガスだったらエンジン。管が血管で、中を流れてるのが血液だったら、血管。だから、扱ってるのは生物学っぽい内容なんだけど、工学的にアプローチしてるんだよ」
「ふーん、まあ、よく分からないけど、面白そうな研究だね。ところで、この前貸したマンガのことだけどさ、・・・」

 この「まあ、よく分からないけど」を聞くたびに、失敗したーって思います。自分の話が下手であるせいで、相手の聞く気が失せて、気持ちがズドンと落ちるのが手に取るようにわかります。もう最近は、よほどのことがない限り、自分の研究について詳しく説明するのはやめるようにしています。(もし興味のある人がいらしたら、1年くらい前にココに書いたのでどうぞ。一応誰でもわかるように書いたつもりですので…)

 思うに、「まあ、よく分からないけど」には、思ってたのと違う話が始まっちゃったという不安みたいな気持ちがあるのかもしれません。やっぱり、思った通りに話が進行するのが一番安心しますからね。機械について勉強している → ロボットやってるの? → うん。二足歩行ロボットを開発してるんだ → へー面白そう。アシモみたいなの作ってるんだ ってなれば想像しやすいですからね。急に血液の話になって戸惑うのも無理はないと思います。

 他にも、「まあ、よく分からないけど」には、「ああ、こいつ、語り始めちゃったよ」という気持ちがあるんでしょうね。特に理系の男子って、そういう語るのが好きな人が多いですからね。かくいう自分もその一人。それどころか、僕なんてそれを語りたいがために、このホームページ作ったくらいですから(笑)

 えーと、今回はコピーライターについて書こうかと思っていたのですが、イントロだけで長くなってしまったので今度書きます。全くコピーライターに関係のない話でしたが、どうつながってくるかはお楽しみに!

2016年7月16日

へそ曲がりのジレンマ

 「人気に乗るか、距離を置くか」という問題は、天邪鬼な人たちにとって非常に難しい問題です。

 たくさんの人にウケるのは、単に広告に踊らされているという場合がよくありますが、一方で、真実それが秀でているからウケている、という場合も多分にあるからです。

 僕の数少ない経験則の1つに「行列ができる店は美味しくない」というものがあります。これは前者のパターン。
 若者に大人気なスイーツの店に数回行ったことがありますが、正直僕の口には合いませんでした。単に甘いだけで、いかにも不健康な味。
 中には意外と悪くないのもありましたが、とにかく高い。あのクオリティを半分の値段で楽しめる店だったら、3軒すぐに挙げられます。
 僕はあまりテレビを見ないのでわかりませんが、多分どこかで大々的に広告を打ってるんだろうなと想像します。

 後者の実際に秀でているから人気がある、という例もいくらでも挙げられますが、分かりやすいところで言うとビートルズでしょうか。
 僕はあの時代を生きていないから詳しいところは分かりませんが、最初のアイドルっぽい売り方をしていた時はともかく、それ以外は確実に中身だったのでしょう。ジョンの歌詞の思想が…みたいなことを言われていた時には、もう広告で外側を取り繕う必要なんてなかったのだと思います。

 

 どうしてこんなことを書いているのかというと、今更ながら半沢直樹を読んでいるからです。
 「倍返しだ!」が流行語になって、ドラマが視聴率50%越え…と社会現象みたいになってしまうと、へそ曲がりな僕は距離を置いてしまうのですが「あれから3年たったし、そんなに人気が出るなんてどんなものなのかな…」と思って文庫本で『俺たちバブル入行組』を読んでみたところ、メチャクチャ面白くてハマりました。
 事情があってしばらくインターネットが使えなかったため、ひたすらページをめくる毎日でした。

 こんなに面白いんだったらあの時読んでおくんだった、と思うと同時に、そういうのは大衆迎合するみたいでイヤだな、とジレンマに苦しむ天邪鬼なのです(僕のことです)。

 次こそコピーライターのこと書きますっ(汗)

2016年7月26日

旅と旅行に優劣はあるのか

 自分はまだ社会人1年生でそれほど忙しくないとはいえ、さすがに大学時代に比べると自由時間は短くなり、生まれて初めて「もう少し時間があったらなぁ」と思うようになりました。
 そう言いながらも土日にまとまった時間があったところで特にすることもないため、手持ち無沙汰のままにつらつらと一日が終わってしまいます(我ながらわがままなことを言ってますね)。

 土日はせっかく時間があるんだし、何しようかな~

 こうなったらもう、温泉に行くしかありません!(論理の飛躍は気にしない)

 岐阜にはわりと温泉が点在していて、例えば中津川市のおんぽいの湯

▲近所の人たちの憩いの場という感じで、とても居心地がよかったです。
 下呂温泉は有名なので、言わずもがなでしょう。
▲このうらぶれた具合がたまらないです。

 自分が一番好きだったのは、関市の北のほうにあるすぎ嶋

僕は温泉の成分とか難しいことはよく分からないのですが、ちょーどいい温度でずーっと気持ちよく浸かっていられました。

ちなみに中はこんな感じ↓
思い思いに時間の流れに浸っている人たちが、年季が入っていて趣のある雰囲気に包まれている感じがたまらなくいいです。

 で、もちろん温泉に行くだけでも満足なのですが、それと同じくらい「道中」が面白いです。上に挙げた3つはいずれも片道1時間半ほど。その途中でちょっと気になるものを見つけたら、車を降りてゆっくりと眺めながら一人でふむふむ言ってます。


▲美濃和紙の里という、ちょっとした博物館のようなところ。
和紙の作り方(木をゆでて、乾燥させて、漉いて…)の説明とか
日本各地の和紙を光にすかして見比べる展示など、
かなりマニアックな展示ばかりでした。

▲すぎ嶋の帰りに立ち寄ったこの店で、千葉のピーナッツと再会。
久しぶりに食べましたが、相変わらずおいしくてほっとしました。1袋買って帰りました。

▲飛騨川などの川に沿って走ると、
このように鮎をつっているおじさんをよく見かけます。

▲腰にぶら下げている楕円の物体は何かと思って観察していたら、釣った鮎を入れるカゴのようです。
誰も釣れてなさそうでしたけどね(笑)

 寄り道しながら目的に向かい、着いたら温泉に浸かってのんびりし、また寄り道しながら帰ってくる。
 全部を1セットとして、「自作ツアー」として時々楽しんでいます。

 

 そういえば最近読んだのですが、「旅と旅行の違いは、旅は道中を楽しむもの。旅行は目的地を楽しむもの」という定義があるそうです。もちろん様々な定義の中の1つですけど。
 今までは旅の方が好きで、心の中では旅行のことを卑下していたのですが、こうやって見てみるといつの間にか両者をあまり区別せずに考えている自分がいるようです。
 旅も旅行も、どちらも同じくらいいいものですね。