2016年3月2日

思いついたことを箇条書きでメモメモ(南三陸4日目)

だいぶ哲学モードですが、南三陸に住んでいて思いついたことを15分くらいでサラッとメモ。

・方言が全然分からない。
今回の南三陸の滞在で一番苦労しているのがコレ。いわゆるズーズー弁というやつで、母音が変化する・もごもごしゃべる・そもそも単語が違うなどで、半分も分からない。今はワカメのお手伝いをしているが、仕事の指示を受ける時に聞き取れなかったり勘違いしたりで、本当に申し訳ない。
英語と違って、ズーズー弁は勉強したくてもできない。というかそもそも、勉強するとかしないとかそういう問題じゃない気がする。今回は1ヶ月しかココにいないからなおさら。あまりにも分からなくて、Google で「ズーズー弁」と調べたりしたが、なんかアホらしくなって5分でやめた。
・雪道の運転怖い。
しかも自分は初心者で、ちょうど慣れてきたくらいだから一番危ない。スタッドレスタイヤだからって安心は禁物。こっちのほうは、ちゃんと Google で調べます。
・みんなよく食べる。
朝昼夜に、地元のおいしい食材を使った料理をお腹いっぱい食べる。しかも、おやつを1日2回食べる。つまり1日5食。でも、1か月後には太って帰るつもりだからいいんだっ。
あと、地元の人は添加物とか全然気にしない。むしろ都会から来た人は、そういう健康とか安全な食品のことを考えて都会から逃げてきた人がある程度いるから、こっちの人がリポビタンDとかアイスとか平気で口にするのにはなじまない人が少しみたい。傍から見ていて、これはちょっと意外だった。
・晴耕雨読の生活、はちょっと違う。
南三陸は地方の町だから、毎日知った顔の人ばかりと会っている。悪く言えば閉鎖的なところ。だから外から人が入ってきてくれるのはありがたい。
というのは地元民の1人に聞いた話。まあ僕の前だからリップサービスで言ってくれたのだろうし、これが町全体の総意でもないと思う(よそ者を嫌う人もいるはず)。でも、このように考えてくれる人が1人いるというのは間違いない事実だし、同じ考えの人が多いであろうことはなんとなく想像できる。
今回の滞在では晴耕雨読のような生活を送ればいいかと最初は考えていたが、それはちょっと違うのではないかというのは、ここに着いてすぐに感じた。
僕は今回、南三陸への移住の受け皿みたいになってくれてる人に色々お世話になっているわけだが(その人が仕事とか住むところとか紹介してくれてる)、この人は地元でも結構信頼が厚いらしい。
・ホームタウンを増やす
僕は「ここで顔が広まったらどうなるのか」に興味がある。それも別に大々的に自分の存在を宣伝するわけではなく、たまたま一緒にご飯を食べてる人と話をするとか(みんな知り合いだから普通にお喋りしてるので、その中に入るだけ)、すれ違った人とあいさつするとか、要するに地元民的になる。
僕はここを「ホームタウン」の1つにしたいと思っているわけだが、僕がここをホームタウンだと思うための必要十分条件は、そういうことかもしれないと思う。ちょっと熱めの温泉だとしても、肩までしばらく浸かって体をなじませる。その温度を気持ちいいと思えるようになったら、自分の中でチャンネルが1つ増える。この土地から移動したとしても、またここに来たらここのチャンネルに合わせればいい。
そういう意味では、1人の知り合いから「これが柴山君だよー。1ヶ月ここに住むんだってさー」と紹介してもらえるのは本当にありがたい。肩までどっぷり浸かれるから。
・行動範囲を広げる
これはちょっと思いついたことだけど、静岡市が(字義通りの)ホームタウンで、今南三陸が新たなホームタウンになりつつある。こうなると不思議なもので、実感としてはホームタウンが2つに増えたわけではなく、静岡市~南三陸 全体がホームタウンになったような気分になる。
オーストラリアにいたときも、最初シドニー(東岸)で暮らし、その後パース方面(西岸)で農業の仕事をしたら、その中間のアデレードに行くのには何の抵抗もなかった。もちろん度胸がついたとか、お金に余裕ができたとかそういう理由はあるが、物理的にシドニーとパースの中間と言うのは「知ってる土地」と思えるからかもしれない。もちろんアデレードは行ったことがなかったから「知ってる土地」ではないのだが、心理的には抵抗が少なくなる。 要するに行動範囲が広がる、ということですね。
2016年3月6日

現地で迎える3.11が近づいて、超個人的な意見(南三陸7日目)

【事実】
 3.11が近づいて、TVなどでは「5年目慰霊祭」などの特集が組まれている。僕が今南三陸でお世話になっているお宅では、そのような特集のCMで津波の映像を見せられて、「心が痛むから見たくない」と言っていた。

【思うこと】
 まず、3.11は一過性のイベントではない。「3.11が近づいたから思い出そう」なんてさ。クリスマスじゃないんだから。それにどうせ3月12日になったら、今まで盛り上がってたのがウソのように、しんと静まり返るのも目に見えてる。そもそも、思い出そうって頑張ること自体が、忘れそうになってる証拠じゃん。
 これは本当に個人的な意見だけど、東日本大震災というのはイベントとかお祭りごとみたいな表面的なことじゃなくて、もっと根本的な変化だったと思う。思い出そうとするまでもなく、考え方そのものの方向性が変わるきっかけになった。それ以降、世界が違って見えるようになるきっかけになった。僕はあんまり「日本人は…」みたいなことを書くのは好きじゃないけど、どのような形であれ日本人は全員東日本大震災を経験していると思わずにはいられない。そして、みんなに「根本的な変化」が起こり、それを機に世界の見え方が大きくガラリと変わったのなら、別に3.11のことは思い出さなくてもいいとすら思う。
(完全に余談だけど、どこかで村上春樹が「民族の集団的記憶」のような言葉を使っていて、そのときはよく意味が分からなかったけど、これを書いていたら分かった気がする。3.11を例に挙げれば、この東日本大震災によって、日本の文化は変容することを余儀なくされたわけです。だから3.11以降に生まれた子供たちは東日本大震災を直接知っているわけではないけど、変容後の文化の中で暮らしているということは、間接的に東日本大震災の影響を受けているっていうことですね、きっと)
 また、少なくとも南三陸にとっては、この時期と言うのはワカメで忙しいわけです。「復興祭」なんてものに邪魔されたくない。そんなことやらなくたって、普段からズシリと重いものを心のどこかに抱えています。それを部外者なんかに踏みにじられたくない。むしろ3月11日は、仕事が休みになります。大事な日は落ち着いて過ごしたいということの表れだと思います。

 じゃあ僕は何をするのか。話は急に個人的になります。
 僕の場合の「根本的な変化」とは、南三陸にとってプラスになる変化でした。詳しくはココに書いたけど、簡単に言うと南三陸が好きになったわけです。人によっては放射線を避けるために西へ行くという、被災地にとってマイナスな変化の人もいるけど、僕の場合はプラスなもの。
 だからそれを直接伝えます。ココで。南三陸で。
 現地の人と話をするときには「以前はボランティアでここに何回か来たんですけど、本当にいいところで、好きになっちゃいました。だから今1ヶ月住んでるんです」と言う。「1ヶ月住む」というある程度重みのあることを、できるだけ軽やかに言う。そうやって、「3.11は一過性のものじゃなかったですよ。僕の中で何かが大きく変わったんですよ」ということを、ちゃんと伝える。「南三陸が好きになった人が、ここに1人いる」という小さな事実を、聞いている人の中に積み上げる。
 そこまで話ができない場合は、笑顔で挨拶する。顔を見れば(またはアクセントを聞けば)、ここ出身の人じゃないとすぐに分かりますから。そんな人がここで楽しく暮らしてるということを、身を持って伝える。

 そういうことが、僕のできることなんじゃないかなーと思います。

 こんなの別に言語化するまでもなく、なんとなくは思っていたし実行していたことだけど、ちゃんと言語化するとこんな感じなのかなって思いました。【事実】に書いたことがとっても印象的だったし、今日はボランティアで来た人のお世話(送迎とか)をしたので、色々考えちゃいました。

【2016年6月11日 追記】
 糸井重里さんがインタビューで、似たようなテーマについて話をしていたのでリンクします。

糸井重里さんと3月11日「紋切り型の言葉」を乗り越える あの日から5年3カ月

 糸井さんも気仙沼に定期的に行っているので、やっぱり現地に行くと同じことを感じるんだな、と安心したと同時に、僕の考えよりも数歩も先んじている(当たり前ですが)ことに畏敬の念を覚えました。

「例えば、福島の桃は一番なんですって福島の人は言いますよね。だから食べてほしいって。でも、本当に一番なの? 山梨はどう、岡山はどう? って問い直さないといけない。(中略)もう5年経っているからこそ、友達としてきちんと本当に感じたことを言わないといけないと思っています」

 この言葉がとても印象的でした。「現地の人」と「外から来た人」が調和するにはどうしたらいいかというのはすごく難しい問題で(詳しくはここに書きましたのでよかったら)、南三陸に住んでいた時は常にそれを考えながら行動していたのですが、この言葉にはそのヒントが隠されているように思います。

2016年3月8日

休みの日は宮城県の探検してます(南三陸9日目)

 南三陸では主にワカメのお手伝いをしているのですが、休みの日は何をしているかと言うと、ドライブをしています。

 ワカメのお手伝いはだいたい午前中には終わるので(天候によってはもっと早い)、自由時間はたっぷりとあります。

みなさん館
▲ここが出発地点。住所バレてもいいです。ていうかヒマだから、みんな遊びに来て! いろいろ案内しますから!

田束山

田束山
▲田束山。山の頂上で寝転がってゴロゴロしながら水平線を見渡せるという、絵にかいたような絶景スポット。

田束山の道中

泊崎半島

泊崎半島
▲泊崎半島。なんかアーチみたいでカッコいい。

追分温泉

追分温泉への道中
▲うねうねした山道を進んだ先に

追分温泉
▲突然現れる追分温泉。いかにも「秘湯」って感じ。

追分温泉
▲雰囲気も温かい感じでいい。カヤの木とアシの木がふんだんに使われているらしい。

追分温泉

鳴子温泉


▲今日は片道2時間かけて、鳴子温泉に行ってきました。ほとんど宮城県横断です。

鳴子温泉への道中
▲ずっとこんな感じ。田んぼか土手か山道しか走ってない。

鳴子温泉への道中

鳴子温泉
▲温泉が硫黄で混濁としていた。今まで入った温泉で一番衝撃かも。
画像の引用元:鳴子観光・旅館案内センター

ホテル亀屋

 後で調べたら、この近くにあった滝の湯という所が穴場スポットらしかった。また行こう。

 温泉ばっかりなのは、今僕の住んでるプレハブにお風呂がないからです。
 近くに大浴場があるのですが、温泉じゃないし、日によって温度はまちまちだし、それに300円も払うんだったら、せっかく時間もあるし、遠出していい温泉入ってみようって感じです。

2016年3月14日

南三陸に住むことの是非を真面目に考えてみる(南三陸15日目)

 今までずっと「南三陸はいいところだよー」ということを書いてきましたが、今日はちょっとネガティブな面について書いてみます。

 ここにいると「良くも悪くも非常に狭いコミュニティだ」ということを強く感じます。
 僕のいる歌津地区は地元の人どうしの関係がとても密だから、一人と打ち解ければそこから芋づる式にどんどん内側へと入っていくことができる、という良い面はあります。でも、悪く言えば閉塞感がある。大袈裟じゃなくて、本当に「全員が」知り合いです。いつも同じメンバーなので話す話題もなくなるでしょうし、ちょっとした噂もすぐに広まります。「どこどこの誰々さんが~」みたいな話も多い。住宅地の町内会でも似たような傾向はありますが、もっと程度は強いと思います。正直「ずっとここで暮らすことになったら息苦しいんだろうな」っていうのは感じます。
 人間関係のこと以外でも、やっぱり田舎だからちょっと遠くまで行こうと思うと片道1時間くらいはかかります。休みの日ならともかく、普段はそんなに時間をかけられないから、どうしても行動範囲が限られてしまいます。今はまだ着たばかりだから探検してて新鮮だけど、数か月もいたら飽きる気がする。

 まとめると、「ここに移住して、ずっと暮らそう!ここに骨をうずめよう!」とは思えない、というのが正直な意見です。まだ2週間しかいてないから何とも言えないけど、今のところはそう思う。

 ただし、これは南三陸に限らず、どこに住んでいても同じなのだろうという気もします。繰り返しますが、住宅地の町内会でも似たような傾向はあると思う。結局どこにいたって多かれ少なかれ同じようなことは感じるし、それを僕がたまたま南三陸で気付いたというだけの話だと思う。

 じゃあどういう生活が理想なのか? という核心の部分の話になるのですが、それは正直よく分かりません。今すぐに結論を出せるような話ではないと思う。ただ、最近よく言う「地方移住」には、実際に経験するまで分からなかったような「どうしても好きになれない部分」があるということは分かりました。
 1つ選択肢を挙げるとすれば、南三陸のような「ホーム」を他にもいくつか作って、それらを定期的にグルグルするような生活です。これなら好きになれない部分を減らすことができるから、可能性があるかも。「ホームを何個もつくることってできるの?」というと、できる自信はあります。オーストラリアも知り合いゼロの状態で行ったけど、結構楽しく生活できたし、たった1年で現地の人と結構仲良くできたんだもの。もはやあそこは僕にとって居場所の一つです。同じ要領でやれば「ホーム」をいくつも作ることなんて(数年はかかるだろうけど)可能でしょう。
 これはもちろん選択肢の一つですが、こんな感じであと何十個か何百個か考えていくことは出来ると思う。

 ちなみに余談ですが、最近よく言う「地方移住」という言葉についたイメージが気になります。「反・都会生活」とか「自然派」といったイメージがつきまとっているように思えるのですが、実際に移住してる人ってそんなこと考えてないでしょ。それが自分にとって自然な選択肢であるように思えるからそうしてるってだけで、いちいち意味づけなんてしてないと思う。あと、こっちにきてる人は別に「永住」にこだわっているわけじゃなくて、「期限なし」ってだけのことだと思う。「いつまでもいられるから今はいる」って状態。「永住」って聞こえはいいけど、なんか頭は固い感じがします。なんかそこらへんは、テレビの特集とかだけを見てると誤解するだろうなって思った。

 あと、改めて思い返したのは、オーストラリアで経験したWWOOFです。「森の中で自然に溶け込む暮らしをしているけど、都市部(アデレード)まで1時間で行けて、ネットを使ってお金も入ってきている」という生活。あそこで見たものは、脳裏をかすめます。自然と都会の融合。やっぱあれはすごかったなーって何回も思い返す。

 思いついたことを思いついた順に書いていたら、まとまりのない文章になってしまいました。

2016年3月24日

楽しいことが多すぎる(南三陸25日)

 前回はちょっと南三陸のネガ側面について書いてしまいましたが、でもやっぱりいいところです。

 詳しく書きたい気持ちは山々なのですが、楽しすぎてホームページは後回しになってしまっていまして。。。

 別に仕事が忙しいわけではなくて、一緒にご飯を食べたい人がたくさんいたり、出かけたいところがたくさんあったりして、ゆっくり時間がとれないです。本当に、ネットは悪い情報ばっかりなのは、楽しんでる人はネットなんかに向かって書いている暇はないからだ、というのは分かる気がします。

 簡単にメモっておきますと(自分用)、南三陸は「地元民」と「外から来た人(ボランティアと工事の人)」の調和が絶妙で、とてもいいバランスが取れている、というのは感じます。外から来た人が「ボランティア」っていうのが、きっといい形で作用してるんだろうな、と思います
 あと、ワカメの仕事を毎朝しているのですが、ワカメが元々どんな形しているのかを知らない人が多いと思うので、今パシャパシャ写真を撮っているのをここに掲載しようと思っています。

 南三陸にいるのは明後日までなので、それまではエンジョイします。パソコンに向かってパタパタやるのはその後になると思うので、少々お待ちください!