島本理生『風光る』を読んで、文章の奥深さを知る

 島本理生さんの『一千一秒の日々』という短編集に収録されている『風光る』の感想です。読んだのはちょうど1年前。


 たった20ページほどのこの短編で、僕は文章の底知れない奥深さに驚愕しました。



【以下、ネタバレあり】



 『風光る』は、4年間付き合っているとあるカップルの”別れの日”の物語です。

 別れることになるその日、「私」と哲は遊園地へ行きます。閉園後は一緒に電車に乗り、ラブホに泊まる。翌朝「私」のマンションに着くと、2人はもう付き合いを続けられないことをお互いに確認して、「私」は哲を見送る、という物語です。

 僕がこの作品を読んで感動したのは、2人の関係が終わろうとしていることが全く明言されていないのに伝わってきたことでした。「私」と哲との間に落ちる影の存在が、「文体」とか「筆致」とか「行間」とか、そういったものだけで表現されているのです。でも明言されていないから、本当に2人の関係が終わりそうなのかは確証がない・・・。
 初めてこれを読んだとき、僕はまるで、薄い氷の張った湖を初めて歩いているような感覚を持ちました。この氷、今にも割れそうなだけど大丈夫なの? このすぐ下は限りなく冷たい水だよ・・・? それとも僕が知らないだけで、実際はこのくらいの厚さがあれば大丈夫なのかな・・・

 そんな不安の中、「私」のマンションに着いたところで、哲が口を開きます。

 「やっぱりダメみたいだ」

    パリン

 「俺たち、ずっと終わったことばかり話してさ」
 「分かってる」

 ラスト2ページ。予期していたとはいえあまりに唐突に氷は割れ、僕は冷たい水の中へ引きずり込まれました。



 直接的な心情描写が描かれているわけでも、細かい説明が書かれている作品でもありません。それなのに、手に取るように伝わってくる。
 「文章1つでここまで出来るのか!」と衝撃を受けた作品でした。