おいしいものを食べ続けるために

 ここのところ、自分のおいしいものを食べたい願望が強すぎて困ってます。

 きっかけは、2週連チャンで南三陸(1泊2日)と大田原(2泊3日)へ行ったことだと思います。
 やっぱり、その場で取れたものをその場で食べる、これに敵う食の楽しみはないなーと実感しました。「地産地消」って言葉を使っちゃうとなんだか全く心に響かないキレイゴトみたいな雰囲気が漂っちゃうから使いたくないんですけど、まぁ要するにそういうことです(笑)
 東京でも、本当にこだわってる店は「ホタテは北海道から冷凍せずに産地直送。小鮎は滋賀の琵琶湖から、お米は新潟から…」ってやってますよね。
 
 僕の思うに、おいしいものを食べることのメリットの一つは、同じように「いい食材を食べたい」という考えの人と出会えることだと思います。
 そういう人とはやっぱり話が合いやすいし、風通しの良い人間関係を築きやすいです。だって隣が知らない人だったとしても、一緒にご飯を食べてたら、顔を合わせて「おいしいですね~!」って言わずにいられないじゃないですか。それに、「緑に囲まれて、その場で取れたものを食べるっていうのが一番自然なんだ」ってことを理屈抜きで理解してるから、それだけで仲間意識が芽生えてオープンな雰囲気が生まれます(前回書いたことと重複しますが、これは「理屈抜き」だからこそいいし、それだけで十分。そこからさらに上積みして「人工甘味料は発がん性があるから口にしない方がいい」とか「遺伝子組み換えでも5%以下なら表示しなくていいっていう法律の抜け穴がある」みたいなことを言い出すと変な方向に行く気がする。あくまで個人的な感覚だけど)。

 で、その次は何を考えるかというと「将来的にはそういう生活ができたらいいな」ということです。
 東京でもいい食材を手に入れることは難しくないけど、やっぱり地方移住して、その場で生計を立てるに越したことはない。
 でもさすがに今すぐってわけにはいかない。自分としてはまずは社会経験をしっかり積んで土台をつくっておきたいし、それが長期的には説得力を持つようになるはず。それに地方移住って言ったって色々な形があります。実際に農業を始める人もいれば、その場で起業してお金を稼ぎ、それを現地で使うって人もいる。平日は東京にいるけど、休日になると地方へ出かけるって人もいる。最近はテレビでも特集されるくらい「地方」が注目されてるから、色んな暮らし方やいろんなコミュニティの作り方があるんだっていうのは比較的知りやすいです。
 でも、自分って頭が悪い上に頭でっかちだから、現地に行って実際に見た方がいいだろうなって思います。いくらテレビで見たり本を読んだりしてもいまいちピンとこないから、実際に見に行きたいと思います。
 で、地域コミュニティを回す方法の一つに地域通貨があります。これは以前通貨発行権スタディツアーに参加したときに知りました。地域通貨には「小さいコミュニティの中だけでも十分に全員分の生活を回すことができることの象徴」みたいなイメージがあります(自分だけかな?)。だから実際に地域通貨を使ってコミュニティを回している様子を見てみたい。そこで「日本 地域通貨」とかで検索すると地域通貨全リストみたいなサイトが見つかるのですが、これって本当に”全リスト”なんですかね? 本当にうまいことやってる地域通貨があるなら、こういう所には掲載されずに人目に触れずに運用してそう。まぁ、いずれにしてもこの夏休みのどこかで見学に行きたいですねー。


 最近はそんなことをやりたいと思っています。ちょっと前までずーっと「自分のやりたいことが分からない」って言ってたから、今のこの状態がなんだか嘘くさいんですけどね(笑)

ジェネラリストを目指したい

 高校2年に上がる前の文理選択をしたとき。先生のこんな話が印象に残っています。


 理系の人は文系に進むべきで、文系の人は理系に進むべきだ。
 なぜなら、理系の人は理系教科はほっといてもいい点が取れるから、文系教科を集中的に勉強すべし。逆もしかり。



 「理系/文系の区分なんてクソだ」みたいな議論は置いておいて、この言葉を聞いたときに「なるほどな」って思いました。もし理系の人が文系のクラスに入って国語や社会を周りと同じくらいの点数が取れれば、数学や理科が得意なことが強みになり、他の学生との差別化につながる、という考えは納得でした。特に自分の場合は「数学や物理が得意だから、理系に進もう」くらいにしか考えていなかったので、この発想にはとても興味を惹かれました。

 結局高校では普通に理系に進んだのですが、この言葉に影響を受けたのか、大学に入ってからはあんまり工学部生がやらなくてもいいことに意識的に取り組んでいます。インドにボランティアしに行ったり、最近よく農作業をしてるのもその一部です。エンジニアになりたかったら、設計図を描く練習とか力学の勉強をしてるのが一番のはずなのですが、それだとなんだかつまらないエンジニアになってしまいそうで…。

 フォードのピント事件という有名な事件があって、恐らくどこの大学でも技術者倫理の授業で取り扱うと思うのですが、簡単に言うと「昔フォードが人命よりも利益を優先して追求したため、欠陥車両の事故による多数の被害者が出た」というものです(詳しいことはこのページによくまとまっています)。これは若干極端な例かもしれませんが、今も日本全国で毎日小さなピント事件は起こっているはず。自分が将来仕事の中でそういう場面に直面したときには、正しい判断ができるようになりたい。そのためには設計図が描けたり計算ができたりするだけではダメで、工学に関すること以外の広い視野が絶対に必要。だから、もっと根本的で基本的な人間としての価値観の土壌を耕さないといけない。でも、自分は思考が凝り固まりやすいから、できるだけ意識的に”いつもと違うこと”に重心を置いた方がいい。工学に関することならわざわざ独学で必死こいて勉強しなくても、半強制的に授業に出ないといけないから、イヤでも一日何時間も話を聞かされますからね。



 そんなわけで、一昨日はとあるメーカーの二次面接。「工学とは関係ないことでも幅広く色々な経験をしています!」ということをアピールしたのですが…

面接官「えっと、柴山くんがメーカーを志望してる理由は?」
自分「はい、先ほども申しあげたように、(志望理由を繰り返す)」
面接官「あ、そっか。でも話聞いてると、もっと他に向いてることがありそうだよね」
自分「 Σ(゚ー゚;)ギク! 」
面接官「営業とかは考えなかったの?」
自分「えっと、それは、あんまり考えてなくて、えっと、それは、やっぱり技術者になりたいって思いがあって、、、あの、その・・・」

下手こいた~ orz ジェネラリストvsスペシャリスト論もいいけど、やっぱり一番大事なのはバランスですね…!!(汗)

楽しかった思い出の共通点(1)

先日、とある会社の面接で、オーストラリアでの経験を話していたときのこと。

僕が「いい人」とか「いい雰囲気」というワードを連発していたら「柴山さんの言う”いい人”や”いい雰囲気”の共通点って何かありますか?」という質問をされて、戸惑いました。
「波長が合う」と答えても「どういう波長?」と聞かれるだけなので、結局答えになっていません。当たり前ですけど会社の面接ですから、もっと具体的なことを聞きたいのだと思います。この質問に対する答えが僕という人間の本質を表すことになるでしょうし、向こうにとっては「この学生はうちの会社に合うかどうか」という大きな判断基準になるのでしょう。だから具体的に答えた方がいい。

ってことは分かっていても、やっぱり極めて感覚的なことだから言葉にしにくいです。「他人思いで優しい人」とか「仕事と遊びのメリハリがしっかりしてる人」などという言葉をいくら並べても、あまり伝わっている感じがしません。3.1415926535とデジタル的にどれだけ延長しても「円周率」っていうアナログな数字にはたどり着かないようなもどかしさが残ってしまいます。

結局その時は「目が輝いている」と答え、人事の人も諦めてくれたのかその質問は終わりになりました。(いや、でも、比喩じゃなくて本当に目が輝いてるんですよ。恐らくそういう人は楽しいことが多いから、笑顔になることが多い。つまり表情筋が柔らかい。だから比較的目が大きく見える。そういう理屈は少なからずあるんじゃないかと思う。)

でも、これって結構面白い質問ですよね。別にオーストラリアや海外経験に限らなくても「あなたの今までの楽しかった思い出に、何か共通点はありますか?」って質問に置き換えれば万人に当てはまるし、是非いろんな人に聞いてみたいです。結構人となりが浮き彫りになりそうですね。

あなたも自分自身に問いかけてみると面白いかもしれません。

楽しかった思い出の共通点(2)

昨日書いた質問

「柴山さんの言う”いい人”や”いい雰囲気”の共通点って何かありますか?」

に対する答えです。面接ではまともに言えなかったけど、今なら少しはましな答えができる気がする。

「それぞれが自分のことを第一に考えているか」。オーストラリアの文化論ではありきたりな話だけど、でもやっぱりこれに尽きます。
「自分第一」と言うと「自分のために他人を犠牲にする利己的な考え」みたいに勘違いされがちなのですが、そうではなくて、それぞれがお互いの価値観(判断基準)を尊重しているって点が大事だと思います。つまり、「あの人にはあの人なりの幸せがあるんだ」と考えているから、みんなのことを信頼できる。だから、人が何をしていようが適度な距離を保つことができるし、もちろん共通の趣味があるなど理解しあえる部分があれば仲良くすればいい。そして、一番大事なのは、みんながそういったことを実践しているために”多様性”が生まれていること。

端的に言うと

① 自分がハッピーになる
② みんなも自分なりのハッピーを求める
③ 全員ハッピーになる
④ 全体的な雰囲気がよくなる
⑤ 個々人がハッピーになりやすい環境が生まれる
⑥ ①に戻る
という循環が生まれている ← 条件1
(これについては鶏と卵の関係がありますが、とりあえず置いておきます)

その結果、多様性が生まれている ← 条件2


僕がオーストラリアにいたとき(に限らないけど)居心地がいいなと思えた空間には条件1条件2が揃っていたし、逆に居心地が悪かったところでは、①~⑤のどれかが上手くいっていないか、多様性がなかった。


”多様性”って言葉が漠然としすぎているから詳しく説明したいのですが、うーん、難しいのですね。とりあえず、多様性がなかった例を挙げてみます。
自分の中で印象的だったのが、オーストラリアで滞在したとある宿。そこには日本人と香港人と台湾人しかおらず、しかもそれぞれが自分たちの国でグループを作って独立していました。食事もグループ内で完結。遊びもグループ内で完結。もちろん別グループでも個人的に仲良くしている人はいる様子でしたが、グループ同士の付き合いというのは皆無。要するに自分と似たものどうしで付き合っているのが楽で、それ以外はめんどくさいって感じなんですね。この宿は非常に居心地が悪かったです。今考えると、みんながそれぞれ自分の好きなことをやっていたから条件1は満たしているけど、条件2は満たしていない。だから居心地が悪かったのだと思います。
この話から帰納的に一般論を導き出すなら(僕の短い人生経験でそんなことをするのもおかしな話ですが)

多様性がある/ない
||
オープン/クローズド
||
自分にとって未知のものと出会った時に、新しい価値観をつくろうとする/しない


と置き換えることができるかもしれません。


ということで、次回へ続きます。さっき置いておいた鶏卵問題について思うことを書きます。

楽しかった思い出の共通点(3)

簡単にこれまでのあらすじを説明すると

僕の思う「いい人」「いい雰囲気」というのは

条件1:
 ① 自分がハッピーになる
 ② みんなも自分なりのハッピーを求める
 ③ 全員ハッピーになる
 ④ 全体的な雰囲気がよくなる
 ⑤ 個々人がハッピーになりやすい環境が生まれる
 ⑥ ①に戻る
 という循環が生まれている


条件2:
 多様性がある



それで、今回考えたいのは条件1について。「循環」ってことは、止まったら終わりなの? また循環を再開させるにはどうすればいいの? ということについてです。

最初に結論を書いてしまうと「僕には分からない。そこが僕の力不足な部分であり、乗り越えなければいけない課題である」です。突然個人的な話が始りましたが(笑)

でも、本当に、場の空気をガラッと変える力がある人には憧れるんですよ。スラムダンクのvs海南戦で、赤木が抜けた時に流川がチームを支えたみたいに(←最近やっとスラムダンクを読み始めました)、「この人がいるおかげで!」って存在にどうしてもなれない。
流れを変えるにはいろんなやり方があると思います。「リーダーシップにあふれていて統率するのがうまい」とか「誰よりも努力しているから周りも自然と触発される」とか「ピンチのときに力を発揮するタイプ」とか。でも、自分の今までを振り返っても、そういう経験は1回もないように思います。
なんでかというと、自己分析してみるに、僕が多分に飽き症だからだと思います。Aって集団(友達でも趣味でも何でも)が楽しいときはそこにいるけど、なんか変わってきたなーつまらなくなってきたなーって思ったらすぐにBに移ってしまう。そして、Bも楽しくなくなったらCへ、というように。だから「循環」が止まったらそれを復活させようとはせず、別の「循環」に乗り換えてしまう。
これは、自分でも本当によくないところだと思います。なぜかというと、これはつまり本物の友達ができないってことだから。そして周りからも見捨てられやすいということだからです。年賀状のやりとりだけって関係性だったら全然続くけど、そうじゃないなら0か100かみたいな人間関係になりやすい。そして飽き性であるがゆえに100が永遠に続くことはない。今までは学生だからそれでもよかったかもしれないけど、これから会社に入って社会人になったらそうも行かないだろうなって思います。


いやぁ、これから本当に何とかしないといけないなって思います。


面接で答えられなかった質問について考えていたら、こんなところにたどり着きました。

フライパンでコーヒー焙煎

最近コーヒーを自分で焙煎することにハマっています。おいしいし、楽しいし、何よりフライパンさえあれば誰でも簡単にできるので、「これ、面白いよ!」と人に言わずにいられなくなってしまった次第。

きっかけはラジオでコーヒールンバというお笑い芸人(井上陽水の歌ではない)の平岡さんが話をしていたのを聞いたこと。平岡さんはタリーズで3店舗の店長をして売り上げ最高記録を作った、大のコーヒー好きでして、、、
「おいしいコーヒーに苦味はないんですよ。豆の好きじゃない温度でお湯を入れてるから苦味が出るんです。人間と一緒なんですよ
「焙煎を初めて7分くらいで、豆が”パチパチ”と言ってハゼが始まるんですけど、10分くらい経つと”ピチピチ”になるんですよ。その前後が目安ですね」
という言葉に心をつかまれてしまいました。翌日アマゾンで生豆を購入。

生豆
▲生豆。ちなみに「なままめ」ではなく「きまめ」と読む。

煎る前はこんな色してます。これをフライパンへドーン!(ポップコーンをつくる手網がある人は、そっちの方がいい)

フライパンへドーン
▲ちょっと多すぎた。この3分の2くらいがイイと思う。

火力は弱火→中火がベストらしいですが、諸説あり。僕の感覚としては、素人レベルなら火力による味の違いは分からないので、テキトーでいいと思います。

薄皮
▲しばらくするとこのように薄皮がはがれるので、捨てましょう。

僕の場合は家の外へ出て、
チャーハンみたいに放り投げる
チャーハンみたいに豆を放り投げながら、息をフーフー吹きかけます。そうすると薄皮が飛んでいきます。

だんだん色が変わってきました
▲10分経過。だんだん色が変わってきました。色がまだらなのは均等に熱が入っていない証拠。つまり焙煎が下手な証拠。でも素人だから細かいことは気にしない。

さらに5分経過
▲さらに5分経過。一般に焙煎が浅いほど酸味が強く、深いほど苦味が強いそうです。僕は酸味があまり好きではないので、焦げない程度に真っ黒くなるまでやります。
さらに5分経過
▲さらに5分経過。こんなもんかな。あとは余熱で。

焙煎終了
▲完成! 矢印で示したような、色が変わらないのは「死豆」なので、申し訳ないけど捨てます。

この豆を自分で挽きます。

手巻きミル
僕はこの手巻きミルを買いましたが、ない場合はすり鉢でもOKとのこと。ちなみにこの手巻きミルは1600円でした。焙煎前の豆は安いので、毎日2~3杯コーヒーを飲む人なら半年くらいでミルの分は取り返せると思います。

ペーパードリップ&完成
これをペーパードリップします。フィルターも紙も、どっちも百均で買ったやつ。そして・・・完成!!

やってみると分かりますが、見よう見まねでも意外と失敗しません。初めてでも案外うまく行きます。だってほとんど注意事項がないから、失敗のしようがないですもん(笑)。もちろん「火力はこうした方がいい」とか「フライパンだと中まで均一に火が通りにくいから網の方がいい」とか細かいことで味の違いは生まれますが、僕レベルでは全然分かりません。そんなことよりも、いろいろ頑張った分おいしく感じるからそれだけで十分って感じ。
でも、焙煎の深さ豆を挽くときの粗さは気にすると面白いと思います。これで結構味の違いが生まれるので、意識的になると楽しいです。で、僕の場合はこれ以上深堀はしません。これ以上やりだすとプロの領域になってしまうから、僕は入口の一番楽しい部分だけいただきます(笑)。「へぇ。こんな世界もあるんだ。面白い!」くらいで留めておきます。

そういえば「注意事項がない」と書きましたが、一つだけ。豆は常に振ってください。そうしないと焦げてしまうので。だから結構疲れます。
でも僕がいろいろやった感覚では、フライパンだったら”ときどき”振ればいいと思います。フライパンは網などに比べて熱が伝わりにくいから、ずーっと振ってると全然焙煎が進まずに、時間がかかるんです。だから「ときどき」でいいと思います。あるいは、ヘラでかき混ぜるのがちょうどいいかも。

何はともあれ、是非一度お試しください!